●「鉄路の後に−不可抗の予感 〜消える本庄鉄道線〜」
 埼玉県深谷市のJR高崎線深谷駅から、児玉市の同じくJR高崎線本庄駅を経て、JR八高線児玉駅まで23kmの区間を結ぶ本庄鉄道線が、2011年3月31日の営業を最後に廃止となる。

 同線は、大正時代から長年にわたって地域の足として親しまれ、活躍を続けてきた。しかし、マイカーの普及と中心市街地の衰退、少子化の影響などによる乗客数の減少には抗しきれず、その歴史に幕を下ろす事になった。



 「鉄道を守りたいと言う気持ちは、私たちの間にも強くありました。ただ私たちの会社が、この線の経営を続けるのはもう限界を超えていたのです。」と、本庄鉄道社長今村良次さん(56歳)は語った。


 本庄鉄道は、沿線にある高校の通学輸送や、本庄〜児玉間の都市間輸送を担うローカル線として、長年にわたって経営が続けられてきた。しかし、モータリゼーションの進展や、少子化による高校生の減少により乗客減に歯止めがかからず、ワンマン化など合理化を図ってきたものの、近年では非常に厳しい経営環境に置かれていた。

 今から7年前の2004年3月に上越新幹線本庄早稲田駅が開業したが、同線とは離れた位置に設置されたために新幹線とは連絡できず、さらに、従来本庄駅で本庄鉄道線からJR高崎線に乗り換えていた乗客が、本庄早稲田駅から新幹線利用に切り替えるなどして減少したのも、致命的と言うほどではなかったが痛手だった。


 こうした状況を受け、2007年に、本庄鉄道は全線廃止や第3セクター化の選択を含めて経営のあり方を見直す方針を発表、以後、本庄鉄道と埼玉県、深谷市・児玉市などで協議会を設置し、今後の同線のあり方について話し合いが続けられてきた。

 当初は、特に乗客の少ない、上敷免あるいは血洗島〜本庄間を廃止して収支状況を改善する案も検討されたが、その場合、今までつながっていた路線が2つに別れてしまい、車両保守などで効率が現在より悪くなるのに加え、既存区間のさらなる乗客減も予想されたため、早々に断念し、全線の第3セクター化、あるいはバス転換の方向性で協議が重ねられた。

 第3セクター化による鉄道存続の声もかなりあったものの、老朽化した地上施設の改修や車両の交換に多額の費用がかかること、また、仮に鉄道を存続させたとしても、乗客の減少に歯止めをかけ、経営を改善させられる見込みがたたないこと、それに加え、合理化による経費削減もこれ以上は無理であるとのことから、第3セクターによる経営も難しいと判断され、全線廃止、バス転換が決定した。



 今村さんは言う。「私は本庄鉄道の線路の近くで育ちましてね、そのせいか、大きくなったら電車の運転士になるんだぞって小さい頃は思ってました。それでね、高校を出てこの本庄鉄道に入社したんですが、まさか自分がこの鉄道の最後を見取る事になろうとは、思いもしませんでした。」


 深谷市上敷免にある日本煉瓦製造の工場は、1889年(明治22年)開設と言う長い歴史を持つ工場であるが、深谷駅とこの工場を結ぶ、日本最古の民間による専用鉄道から始まった本庄鉄道線も、同様に100年を超える長い歴史を持つ。

 1895年(明治28年)に深谷〜上敷免間の専用線として建設された後、1914年(大正3年)から深谷鉄道線として一般営業を開始。その後血洗島、牧西と延伸し、1922年(大正11年)には本庄に達した。

 その後、深谷鉄道は1943年(昭和18年)に、1915年(大正4年)から本庄〜児玉間の路線を営業していた本庄電気軌道を合併して、社名を本庄鉄道に改称して現在に至っている。



 「なくなるのは寂しいですね。ここの偉人が遺した鉄道だし。でも、昼間なんかほとんど誰も乗ってないような感じだったし、仕方ないんでしょうね。」と話すのは、深谷市下手計の島田明美さん(42歳)。


 本庄鉄道線の廃止を惜しむ声は、日本煉瓦製造や深谷鉄道設立の中心となった、渋沢栄一の出身地である深谷市血洗島周辺を中心に数多く聞かれる。しかし、沿線のマイカー利用者の間では、むしろ、廃止によって国道17号線などの主要道路上の踏切が無くなるのを歓迎する意見も少なくない。

 その一方で、深谷商業高校、本庄高校など沿線への通学生を持つ家庭からは、「通学定期が高くなるのは困る」と、バス転換後の家計への負担増を懸念する声が多い。また、本庄でのJR連絡利用が多かった児玉地区では、本庄駅での高崎線列車との接続の悪化や、バス化による所要時間の増大が心配されているようである。



 最後に今村さんは語った。「廃止は決まりましたが、どんな状況にあっても最後の日まで安全輸送に努めて参ります。それが私どもの使命ですから。」


 利用者減による経営難で廃止となるローカル鉄道が、全国で後を絶たない。そして、この本庄鉄道もそのうちの一つとして地図から消える。

 なお、4月1日からは深谷駅〜本庄駅、本庄駅〜児玉駅間で代替バスの運行が始まる。しかし、地方都市における公共交通機関の利用率低下は全国的な傾向で、先行きは決して明るくはない。地域が公共交通機関をどのように維持していくかは、今後とも大きな課題である。
※この記事はフィクションです。

 なお、本文中の地方公共団体名は2011年現在(予想)のもので、「深谷市」は2004年現在における深谷市、川本・花園・寄居・岡部町が合併して誕生した市、「児玉市」は本庄市と児玉・上里・美里・神川町、神泉村が合併して誕生した市です。